衆議院議員 林芳正氏に聞く 超高齢社会「逆転の発想」で強みに

2023年12月15日

他国に先駆け高齢社会に突入した日本には、豊富な介護データが蓄積されている。介護データを現場主導で、そして地域主導で活用していくことが高齢者ケア、さらには介護ビジネス全体の発展に繋がる。農林水産大臣や外務大臣などを歴任しながら、介護問題にも精通した衆議院議員 林芳正氏とノバケアの岡本茂雄CEOに対談してもらった。

 

 

「指標に乗らない価値」をどれだけ増やせるか

ノバケア岡本茂雄CEOと対談

 

岡本 これからの高齢者に係る政策について、どのようにお考えでしょうか。

 

 2025年に団塊の世代が後期高齢者に差し掛かり、後期高齢者世代がどんどん下の世代に移っていきます。より先を見据えた高齢者ケアを考えなければならないでしょう。例えば、昭和の54歳と令和の54歳は身体状況、健康状態などが大分異なります。これから高齢者になる世代が生きてきた時代背景や文化などを踏まえた施策が必要です。

 

衆議院議員 林芳正氏

 

 

岡本 介護保険制度のあり方については、どうお考えですか。

 

 医療保険制度や介護保険制度には、課題もあるでしょう。しかしこうした皆保険の制度を失くすとどうなってしまうのか、というのはアメリカで学生生活を送っていた時に目の当たりにしました。皆保険という制度だけは守らなければならないというのは、政治家としての原点の1つです。

 

 

岡本 介護保険制度の運営は、どのように行っていけば良いでしょうか。

 

 制度の持続可能性を高めなければならないことを考えると、「どこまでを公的な保険で支援するか」という最低ラインを定めていかなければなりません。今後保険外を組み合わせてケアを行うことは必須になるでしょう。

 

 

岡本 介護領域のビジネスの発展も望まれるところですね。

 

 日本では移動や移乗を支える器具、ロボットなどの分野は、世界と比較しても優れています。コミュニケーションロボットなども生まれています。世界に先駆けて高齢化社会に突入した国としてこれらの技術を他国に輸出できれば、それも1つの介護ビジネスになるでしょう。

 

 

岡本 日本が保有する介護データにも注目しています。

 

 やはり現場を持っているというのは強いですね。

 

 

岡本 AIのコア技術ではGAFAMには勝てませんが、高齢者AI やリハビリAIという巨大で精緻なデータを持つ領域のAIでは勝つことが可能です。世界の先進国において、高齢化は環境やエネルギーと並ぶ大きな課題です。産業として発展すれば大きな収益源となるでしょう。産業領域として自動車産業より大きなものになるのではないかと考えています。

 

 

ノバケア CEO 岡本茂雄氏

 

 

 新しい成長分野をつくるというのは重要でしょう。外務大臣に就任する前、日本産業の成長戦略の責任者を3年ほどやっていたときに、GX(グリーントランスフォーメーション)推進に携わっていたことがあります。その前の農林水産大臣時代には、大きなガラス張りの温室内に大量のCO2を集め、それを植物の光合成で大量のO2に変えるという取り組みをオランダで視察しました。

 

従来、環境保護は成長に対する負荷だと思われていましたが、いわば「逆転の発想」でCO2が収益源になるという産業を生み出したといえます。

 

 

岡本 発明というとAIやロボットなど工学系を連想してしまいがちですが、高齢者がむしろ介護現場で重要な働き手になるような介護手法や先端機器の発明など、CO2を邪魔者から収益源に変えたような発想の転換こそが必要です。

 

林 個人の身体状況や介護度の変化などのデータを現場で苦労して集めることは、これまではコストと認識されていたかもしれませんが、これも発想の転換で新たなビジネスに繋がるかもしれません。東京大学の小宮山宏先生が「問題解決を通し社会システムを創造できる」と言ったように、日本はいち早く高齢社会に突入した国として新しいものを生み出せる可能性があります。

 

 

岡本 エイジングの研究と介護の融合という可能性も開けますね。

 

 老化を戻す研究も行われています。日本はデータと現場を持っているので、そうしたエイジングの研究も可能でしょう。現場は地域の中にあるので、先端的なトライアルを地域主導で進めるとスピード感をもって研究できると思います。各地域の高齢者の健康状態などを比較し理論的に検証することで、エイジング研究はより立体的になるでしょう。介護保険は、各地域が色々な取り組みを試すことができる設計になっているのでそれを活かすべきです。

 

 

 

 

岡本 介護業界では、ややもすると関係団体が政治や厚生労働省に陳情をすることが多いですが、事業者自らの発想で事業を創生し、また実行していく力も必要です。

 

 介護事業は「利用者本位」「地域本位」で構築されていくべきでしょう。

 

 

岡本 さらには介助するだけでなく、自立した生活を可能にするケアも突き詰める必要があります。オランダの訪問看護では12週間で訪問看護を卒業し、自立することを目指しています。非常に自立への志向が高い。

 

 日本でも「ここに入れば必ず要介護度が改善する」といった施設を生み出す必要があります。

 

 

岡本 地域でという話が出ましたが、地域で起こる独自の住民主導の運動にも注目ですね。

 

 徳島県上勝町から始まった、「葉っぱビジネス」というものがあります。高齢者がきれいな落ち葉を拾い、それを料理の飾りに使う料亭などに売るというものです。自分が拾った葉がお金になることが地域の高齢者の社会参加へのインセンティブになったようです。葉を拾う過程では盛んなコミュニケーションも生まれ、結果的に病気が減っています。

 

 

岡本 成熟した社会においては、行政は地域で住民運動が起こるようなサポートをすることが重要です。

 

 住民が「自発的・内発的・能動的」に取り組むことが、住民の健康状態の向上につながるでしょうね。市町村の権限を一部自治会に移し、自治会主導でこうしたいろいろな取り組みができるようにするなど行政のあり方も問われます。

 

 

岡本 様々な業界のキャリアを持った人が、住民運動として介護や健康活動に携わることが業界発展を促すかもしれません。

 

 ワシントンでは「今何の帽子をかぶっているの?」と尋ねる文化があります。帽子とは職業や肩書を指しますが、短期間で職を変える人や、兼業する人が多いということ。

 

「ライフ・シフト」著者のリンダ・グラットンが言ったように、人生100年時代、人の学び方、仕事の仕方は大きく変わるでしょう。日本は大学に通う人の平均年齢がOECDでも最も低いことが分かっています。年を重ねても教育機関で学んだり、職業を変えながらキャリアを積んだり、もっと人材の循環が生まれるといいですね。

 

 

岡本 最後に介護産業含め、日本の産業の発展に向け、重要とお考えのことを教えてください。

 

 GDPだけでは、経済成長を測ることはできないでしょう。これからはGDPに反映されない「満足感」といったものが重要だと考えています。レコード1枚2500円の時代から、月額800円で音楽が聴き放題の時代になりましたが、これで消費者が受け取る価値が800円まで減ったかといえばそうではない。GDPを上げるために1700円分レコードの生産を増やそうとすると、経済政策はおかしな方向に向かいます。指標には乗らない価値をどれだけ増やせるか、という考え方が重要という気がしています。

 

 

岡本 幸福度を可視化するテクノロジーの発展も、指標に乗らない価値を増やす追い風となりそうですね。

 

 

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